
法律文書には、実に多種多様な外字が用いられる。
「それはそれで仕方がないことだ」と考えるのも一つの考えであろう。しかしながら、外字を使用せざるを得ない分野については仕方がないにしても、どうも、外字を使用しないなら使用せずに済む筈のところまで外字を使っているような気がして仕方がない。
本稿では、この問題について検討してみたいと思う。
かつて、各自が各自のワープロ専用機を使っていて、フロッピーによるデータのやりとりといった(LANが普及した現在であれば原始的ともいえるような)方法さえ行われず、また行う必要性を感じなかった時代であれば、各自が自分でシコシコと外字を作ってそれを使っていれば問題はなかった。
しかし、外字はパソコンによるデータ管理にとって多大な害悪をもたらす(その外字が入っているそのパソコンでしかそのデータは使えないため、個人的なデータ管理にとっても不便であるし、他人と同じデータを共有できなくなってしまうのである。)。
だから、外字を使わなくても済むところは、外字を使わないのが一番の筈である。
1 この文書は横書きなのでうまく表示できないのがもどかしいが、法律実務家の方であれば分かるだろう。
例えば、
平 成 〇 年 (ワ) 第 〇 × 号 貸 金 請 求 事 件と書くときの「(ワ)」。この「(」「)」は、「ワ」の横になければならない。ところが、普通に(ワ)と入力すると、この「(」「)」は、「ワ」の上下に付いてしまうのである。「(手ワ)」となると、もう絶望的である。「手ワ」の2字を1字分に入れて、その左右を括弧で括らなければならないのである。
2 ここで、外字に頼ってしまうのが普通である。しかし、その問題点は前述のとおりである。
また、そうでない人は、普通に「ワ」「手ワ」「一」「1」等と入力して、後でその左右に括弧を手書きする人もいる。前述の外字の問題点を考えれば、むしろこっちの方が相当に進歩的ともいえる。そして、「(ワ)」等の符合については、必ず「平成〇年」と「第〇×号」の間に入るので、括弧がなくても何ら区別上の問題はないから、むしろこのように括弧を手書きする(または、そもそも書かない)というのは、むしろ正しい態度なのではないかと思う。ところが、「(一)」「(1)」場合、一々手書きするのも面倒だし、また、手書きを忘れた場合(または、テキストデータとして保存した場合)、括弧が付かない「一」「1」とそれだけでは区別が付かなくなってしまうのが問題である(特に、「前記(一)の・・・」とか書いたときには、文脈から読みとるしかない。)。
3 この問題の解決として、そもそも括弧が「ワ」等の横になければならないということ自体を再検討してもよいのではないか、と私は考えている。
ワープロの仕様と割り切って、「ワ」「一」等の上下に括弧を付けてよいのではなかろうか。少なくとも、「一」「1」の場合は、「慣れ」という側面以外は何ら問題はないはずである。
「ワ」の場合は、最高裁規則(?)で括弧が横に付いているものとして決められている点が問題となるが、括弧が上下に付いたものが、括弧を横に付けているものと同一であると「見な」せば、問題はないはずである。前述のとおり、「ワ」等の場合はそもそも括弧がなくても他と混同するおそれはないのである。
4 なお、更に根本に戻ると、そもそも法律関係文書を縦書きにしなければならない理由があるかどうかも検討してよいのではなかろうか。民訴規6条は用紙についてB4二つ折り又はB5を用いるよう指示しているが(それも「できる限り」としか書いていない。)、縦書きにしなければならないとは訴訟関係法規のどこにも書いていないのである。実際、執行関係や特許関係の裁判書には横書きも用いられはじめている。横書きによる法律関係文書の作成が一般化できないか、考えてみたい(その場合、「袋とじ印刷」についても見直されるべきだと思う。前記のように、B5文書も用いることができるのであるから、これの裏表に印刷するようにすれば記録も薄くなるし、「一太郎」にこだわらなくてもよくなるのである。後の検討課題としたい。)
別紙図面を作成するとき、特定地点を指示するのに、○の中に「A」とか、「イ」とかを入れた字を使う人も少なくない。この場合、図面上その記号を使うだけなら問題はないにしても、それを本文の中で指摘する場合は手書きでやるか、外字を使うかしかない。
しかし、これは問題が簡単で、そのような文字を使うのをやめればいいだけである。「A」「イ」だけにすればよい。それを本文の中で指摘する際も、「「A」点」「「イ」点」等とカギ括弧付きで用いれば他と混同するおそれもないのである。
このような特殊な記号を使うのはぜひ今すぐすべての法律実務家がやめるべきである。
人名は法律関係文書では戸籍簿の表示そのままに書くのが慣例であるところ、渡「辺」、山「崎」、「高」橋、等には異字があり(特に「辺」など、驚くほど異字がある。)、これも慣例に従う限り外字を用いるか、やはり手書きによるしかない。
中国人・朝鮮人の名前に使われる漢字には日本語に対応する漢字が見あたらないものもあるので、その場合は他に対応手段がないといわざるを得ない(すべてカタカナで表記するというのも一つの態度ではあるが、そこまで割り切ることができるか、在日中国人・朝鮮人の場合はどうするのか、問題が大きすぎるだろう。)。
しかし、「辺」「崎」「高」等、対応する標準字体がある場合は、それを使うというのはいかがであろうか。失礼に当たるという意見もあるだろうし、また、戸籍実務等との関係で問題があるかも知れない。だが、戸籍実務等で問題がないとしたら(あるいは、問題があるとしたら戸籍実務等自体を変えることも考えていいと思う。)、標準字体を使うことを考えてもいいのではないかと考えている。
外字をなくそうと思ったとき、最後に残るのはこの人名の問題であろうが、やはりこの点も外字の解消の方向で検討してみたいものである。
十分な準備もないままに普段考えていたことを書き散らかしてみた。
ぜひみなさんのご意見をお待ちしています。