一部請求(2)において、最高裁判決昭和63年3月15日民集42巻3号170頁及び最高裁判決平成3年12月17日民集45巻9号1435頁の2つの最高裁判決に言及しつつ、既に別訴で訴訟物となっている債権を自働債権として相殺の抗弁を提出すること(いわゆる抗弁後行型)は許されないことを論じた。
その際、逆のケースである、別訴で相殺の抗弁の自働債権とされた債権を訴訟物として新訴を提起すること(いわゆる抗弁先行型)に関して、「下級審判決・・・は全て適法としているようである。」とだけ書いた。
今回は、この抗弁先行型について、簡単に検討してみたい。
一部請求(2)でも簡単に触れたとおり、従来公刊されている判例を見る限りは、抗弁先行型は許容されるというのが判例であったと思われる。
別訴について、東京地裁昭和32年7月25日下民集8巻7号1337頁、東京高裁判決昭和59年11月29日判時1140号90頁(ただし、抗弁を撤回済みの事例)が、いずれも別訴提起を適法とし、また、反訴について、大阪地裁判決昭和28年9月5日下民集4巻9号1241頁、東京地裁判決昭和33年4月2日下民集9巻4号592頁、東京高裁判決昭和42年3月1日判時472号30頁、大津地裁判決昭和49年5月8日判時768号87頁がいずれも反訴提起を適法とした。
例えば、反訴に関する大津地裁判決昭和49年5月8日判時768号87頁は、「相殺の抗弁はあくまで一つの防禦方法にすぎず、右既判力も終局判決で相殺の抗弁にまで判断が及びこれが確定した時に生ずるのであって、右抗弁が提出されただけでは判決理由が相殺の抗弁の判断に及ぶか否か全く不確定であることからすると、斯様に不確定なものに訴訟係属の効果を認めて二重起訴の制限を課すことは被告にとっての防御の自由を阻害するのみならず、反対債権(自働債権)の行使が妨げられる結果となり、不当な損害を蒙らしめる虞がある。」と判示する。
また、別訴に関する東京高裁判決昭和59年11月29日判時1140号90頁は、「民事訴訟法231条にいわゆる訴訟係属とは同一請求権について訴又は反訴をもって審判の申立がなされている場合を意味するものであり、当該権利関係が単なる攻撃防禦方法として主張されているにすぎず、それについての裁判所による判断がされるかどうかさえ未確定な場合を含むものではないと解するのが相当であって、相殺の抗弁についての裁判所の判断が既判力を有するという一事をもってそれを訴又は反訴の提起・係属と同一視することはできない」と判示している。同判決では、相殺の抗弁は撤回されているので、上記判示部分は厳密にいうと傍論に過ぎないが、その言うところは前記大津地裁判決と全く同様であろう。
結局、相殺の抗弁は、訴訟係属中は判断される(=既判力を与えられる)かどうか不明なものに過ぎず、やはり、相殺の抗弁を提出したからといって別訴・反訴を禁ずるのは、被告に酷に過ぎるという判断があるものと思われる。
こうした判例の流れに対して、その後調べてみると、上記大阪地裁判決が、抗弁先行型についての別訴提起を不適法として却下した。
同判決は言う。
「係属中の別訴において自働債権として相殺の抗弁を提出した債権について他の訴訟で請求することは許されないと解すべきである。なぜなら、民訴法二三一条が二重起訴を禁止する理由は、審理の重複による無駄を避けるためと複数の判決において互いに矛盾した既判力ある判断がされるのを防止するためであるが、相殺の抗弁が提出された自働債権の存在又は不存在の判断が相殺をもって対抗した額について既判力を有するとされていること(同法一九九条二項)、相殺の抗弁の場合にも自働債権の存否について矛盾する判決が生じ法的安定性を害しないようにする必要があるけれども理論上も実際上もこれを防止することが困難であること等を考慮すると、同条の趣旨は、係属中の別訴において自働債権として相殺の抗弁を提出した債権について他の訴訟で請求する場合にも妥当するからである(最高裁平成三年一二月一七日判決民集四五巻九号一四三五頁参照。なお、右判決は、係属中の別訴において訴訟物となっている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を提出した事案についてのものであるが、右の理は本件にも妥当するものである。)。」
本件では、先行訴訟は、一審は請求原因自体が認められないとして請求棄却、二審が請求原因を認めた上で相殺の抗弁の一部を入れて請求の一部認容となり、上記判決言渡当時最高裁に継続中であった。
別訴提起といっても、弁論を併合して審理すれば既判力の矛盾という事態は避けられるが、本件では、上記の通り先行訴訟は既に最高裁までいっており、弁論の併合は不可能であった。また、先行訴訟において相殺の抗弁を撤回させるというのも、実際上難しいし、それは寧ろ訴訟経済に反する(後行訴訟で一から審理し直さなければならないから)。そうすると、確かに、本件において後行訴訟の内容に踏み込んで実体判決を下した場合、先行訴訟の既判力と矛盾抵触を来すおそれが大きいといえよう。その限りで、上記大阪地裁判決のいうことも理解できないではない。
しかしながら、他方、先行訴訟に関し、最高裁において「請求原因が認められず、相殺の抗弁について判断するまでもなく原告の請求には理由がない」という判断がされる可能性もないではない(実際上は、そうした可能性は限りなく小さいが、一審においてはそのような判断がされている)。そうすると、相殺の抗弁について既判力が生ずるかどうか不確定な状態であることは間違いなく、そのような状態での別訴までも禁止するというのは、被告の権利行使を大きく制限することになろう。
この困難な問題について、栗田睦雄(杏林大学教授)・判例評論457号66頁は、「先行手続の進行状況によっては、その結果を待つ方が事案の処理として適切と思われる場合には、相殺の抗弁に関し、確定的な判断がなされない可能性をも考慮して、別訴を中止すべきであろう」とする。なお、「中止」という法定の手続はないが、次回期日を「追って指定」としておいて、事実上進行させないことをいう。
けだし、正当な指摘というべきであろう。
上記大阪地裁判決についての栗田の以下の指摘は、私も同感である。
「本件判決が別訴を却下した点は行き過ぎであり、これを中止する措置で足りたと思われる。判旨は、抗弁後行型の事例に関する最判を援用するに際して、なおその理由を明らかにすべきであった。」