平成11年6月28日製作、平成11年10月17日最終更新

生命保険解約返戻金請求権の差押え





一 はじめに

 個人債務者は、多くの場合、特に見るべき資産を有していない。
 したがって、債権者が個人債務者に対して債務名義(判決)を得ても、強制執行をするのは事実上困難である。
 債務者が不動産を所有しても、普通は金融公庫などの住宅ローンが一番抵当に設定され、一番抵当以外の債権者(後順位担保権者・差押債権者など)には配当が回ることは期待できない。
 動産執行にしても、普通は執行不能に終わる(近時の中古市場の様子を想像すると、動産執行など無意味ということは容易に理解できよう)。
 債権執行にしても、電話加入権は、近時の市場価格の下落により、2・3万円程度の回収しか期待できない(また、多重債務者は電話加入権を質入していることが多い)。給料債権を差し押さえるのが一番実効的であり、また、それが唯一の資産であるケースが実に多いのである。

 ただ、多重債務者であっても、生命保険・傷害保険などには入っているケースがあり、その解約返戻金は意外に高額になることがある(多重債務者であるのに、いざ保険契約を解約すると100万円を超える返戻金がある場合も少なくない)。
 そこで、解約返戻金支払請求権を差し押さえて、そこから債権を回収することができるなら、これは債権者にとって非常に有利であろう。
 ただ、解約返戻金支払請求権は、保険契約を解約しないと現実には行使できない権利である。仮に、解約返戻金支払請求権を差し押さえたとしても、債権者において解約権を行使できない限りは、全く無意味になってしまうだろう。

 なお、本稿では、法律により差押禁止とされた保険契約(平成3年以前の簡易保険など)や、約款により保険契約の解約権行使が制限されている保険契約などは除外して論じることにする。


二 解約権行使の方法総論

 差押債権者による解約権行使の手段として第一に考えられるのは、差押債権者の取立権(民執155条)として債務者の有する解約権を行使する方法であろう。差押債権者は、その取立権に基づいて債務者の有する形成権を行使できるとするのが通説である(基本法コンメンタール民事執行法410頁等)。保険契約の解約についても同様に解することができるなら、差押債権者にとって有利であろう。
 なお、本稿では一般債権者による差押を念頭においているが、返戻金請求権について質権を設定している場合には、質権に基づく取立権(民法367条)も考えられる。この場合、質権設定契約で質権者による解約権行使に関して約定があればこれに従うことになるが、そうした約定がない場合、差押債権者による取立権と同様に解することができよう。

 次いで考えられるのは、債権者代位権(民法423条)に基づいて、債務者の有する解約権を代位行使することである。この場合、いわゆる無資力要件が問題になりうるが、差押を受けた債務者が無資力であることの立証・認定が真摯に争われるようなことは考えにくい。むしろ、判例・学説において問題とされているのは、解約権がいわゆる一身専属権として代位の対象とはならないのではないか、ということである。

 ここで結論を最初に書いておくと、私は、取立権に基づく解約権行使も、代位権に基づく解約権行使も、ともに認められるべきであり、このことは、当該保険が専ら保険金受取人の生活保障のために契約されたものであっても同じである、と考えるものである。


三 債権者代位権に基づく保険契約解約権の行使

 1 公開されている判例を見るに、この問題を扱った判例は、(1)東京地裁判決昭和59年9月17日判時1161号142頁、(2)大阪地裁判決平成5年7月16日判タ863号230頁、(3)東京地裁判決平成6年2月28日判タ856号223頁、の3つがあり、いずれも、結論的には解約権の代位行使を認めている。
 しかしながら、判例を見てみるに、いずれもほぼ同じ判断枠組みを用いて、解約権の一身専属性の問題を議論している。例えば、(2)判例は、「生命保険契約であることのみから当然にその解約権が行使上の一身専属権であると解することは相当ではなく、生命保険契約のうち専ら保険金受取人の生活保障あるいは社会保障の補完を目的とするものなどにあっては、その継続・解約の意思決定に債権者が干渉することは許されないと解すべきであるが、他方、生命保険契約の中でも主として貯蓄や時には利殖を主たる目的とするような契約にあっては、その解約を通常の財産権と別異に扱う理由はないと解される。」と判示し、当該保険契約の趣旨・目的等を総合判断して解約権の一身専属性を検討している。

 2 この3判例については、いずれも判例評論が付されている。(1)判例評論326号50頁(石田満)、(2)判例評論440号52頁(中西正明)、(3)判例評論442号44頁(中西正明)、である。
 このうち、石田満教授は、一般論としては上記判例の区別に「賛成である」とされているが、「その基準として、具体的に現行の保険契約のうち、被保険者や保険金受取人の生活保障あるいは社会保障の補完的意味合いをもっている保険契約とはどのような種類のものをいうのか、またこれだけが基準となるのか、深く吟味していかなければならない」と指摘され、結論として、「民間の保険契約については、法律上処分や差押を禁止しておらず、したがって保険契約者の解約権を約款で制限している場合を除いて、原則としては、解約権等の代位行使を否定することはできないと考えてよい。」とされる。
 これに対して、中西正明教授は、明確に「専ら保険金受取人の生活保障を目的とする契約の場合でも、解約権の代位行使は可能であると解すべきであると思う。」とされている。山下友信「保険契約の解約返戻金請求権と民事執行・債権者代位請求」金融法務事情1157号6頁、伊藤真「解約返戻金請求権の差押えと解約権の代位行使」金融法務事情1446号22頁も同様である。

 3 私は中西教授の意見に賛成であり、判例のように保険の目的によって一身専属権であることを認める余地を認めるのは困難であると考える。
 第一に、保険契約の目的が「専ら保険金受取人の生活保障あるいは社会保障の補完を目的とするもの」か、「主として貯蓄や時には利殖を主たる目的とする」かは、基準として不明確である。個人が契約者・受取人であり、保険料が月額数万円程度である場合には生活保障等の目的が大きいとは考えられるが、その場合も貯蓄的な要素が全くないと言い切れるものでもなかろう。解約返戻金が存しない、いわゆる「掛捨て」の保険であれば、「専ら」生活保障等を目的としていると認定できようが、その場合には解約権の代位行使という問題も生じないはずである。
 第二に、生活保障といっても、それが「万一の事態に備える」という意味であれば、通常の貯蓄の場合と何ら変わるところはない。この点、前記山下論文が「生活保障は保険のみが手段なのではなく、預金、信託などあらゆる金融商品の目的とするものであるからである。むろん、老後などの生活保障のために債務者の一定の財産は債権者の追及を免れるとすることには合理性も認められよう。しかし、それは、給料債権などについてと同様差押禁止を法定することによりなされるべきものであり、現行法では一律に債権者の追及を免れる財産を認めることはできず、せいぜい民事執行法153条の適用を債権者代位権についても類推することができるにとどまろう。」と、また、前記伊藤論文が「債務者が無資力に陥っているにもかかわらず、解約権を行使せず、これを放置すれば、自動振替や契約者貸付が行われることによって、解約返戻金請求権が消滅し、あるいは貸付の金利負担によってさらに財産状態が悪化することすら予想される。」と、明快に指摘するところである。


四 取立権に基づく解約権行使

 1 この問題に関しては、(1)大阪地裁判決昭和59年5月18日判時1136号、(2)東京地裁判決平成10年8月26日判タ990号288頁、の2つがあり、いずれも、取立権に基づく解約権行使を認めている。

 2 この問題については、前記山下論文(山下友信「保険契約の解約返戻金請求権と民事執行・債権者代位請求」金融法務事情1157号6頁)が積極説に立つ一方、前記伊藤論文(伊藤真「解約返戻金請求権の差押えと解約権の代位行使」金融法務事情1446号22頁)が消極説に立っている。

 3 伊藤論文は、次のように立論する。
 「解約の対象となる法律関係からみた場合に、差押えの対象たる権利が付随的権利であり、かつ、解約によって当該法律関係によって実現を予定される重大な法律上の利益が失われるときには、差押債権者の取立権能には、解約権が含まれない」と解すべきである。例えば、東京地裁判決昭和44年2月27日金法541号31頁、東京高裁判決昭和59年1月31日判時1108号130頁は、手形不渡処分異議申立預託金返還請求権に対する差押命令を得た債権者が、異議申立手続委託契約を解除することはできないと判示する。定期預金契約についても、近時の多数説は、差押債権者による預金契約解約を否定する。敷金・保証金返還請求権を差し押さえた債権者が賃貸借契約を解除することについても、一般に否定的に解されている。これらを総合すると、上述のように解約権能を制限的に解すべきである、というのである。
 そして、このように解したとしても、債権者としては前記の債権者代位権に基づいて解約権を行使できるのだから、差押えの実効性が失われるとはいえないとする。

 4 しかし、どうであろうか。
 伊藤が取立権に基づく解約権行使を否定する実質的根拠は、「債務者が無資力でない限り、保険契約の解約権を行使するかどうかは債務者の意思に委ねられるべきで、債権者がみだりに関与すべきではない」というところにあろうと思われる。取立権能の制限に関して伊藤の挙げる法律的根拠は、「そのように解釈することも可能だ」というにとどまり、一般に形成権行使を取立権に基づいて認める通説の立論を全く成り立たせなくなるような決定的なものとはいえないだろう。
 こうした実質論で考えて行くと、「自ら解約権を行使して返戻金の支払いを受ければ、債務の一部なりとも返済し、あるいは新たに債務を負担せずとも一定期間生活することができる」地位にあるのに、漫然と保険契約を継続している債務者を敢えて保護する必要があるのだろうか。私は、そのような債務者は積極的に「不誠実な債務者」であると考えるのである。そのような不誠実な債務者のために、債務者の無資力を要件とする迂遠な方法を債権者に強制する必要はなく、端的に取立権に基づく解約権行使を肯定すべきであると私は考えるのである。

 5 なお、前述の債権者代位権に関する判例が一致して指摘していた「保険の目的による一身専属性の有無」について、取立権に関する2判例は全く触れていない。
 私見のように債権者代位権との関係で保険の目的を考慮することは不要であるとするなら、こうした判例の帰結は当然であろう。






【平成11年10月15日追記】

 この問題について、最高裁判決平成11年9月9日裁時1251号2頁は、「生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者は、これを取り立てるため、債務者の有する解約権を行使できる。」との判断を示した。
 遠藤光雄裁判官は、債務者の無資力を要件として、債権者代位の方法によるべきであるとの反対意見を書いている。その言わんとするところは、保険契約者の地位に対する配慮であるが、多額の解約返戻金を請求できる立場にありながら債務の弁済をしない債務者を保護しようという考えには、私は賛成できない。多数意見をもって正当というべきである。







民事手続法に関する研究

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