一部請求(2)





三 一部請求と相殺の抗弁1

 1 前回「一部請求の訴訟物」としてまとめたところを、ごく大雑把にまとめてみると、

 (一)明示的一部請求の場合、その既判力は残部には及ばない(最高裁判決昭和37年8月10日民集16巻8号1720頁)。
 明示的一部請求とは、「一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合」(37年判例のケース)及び「基準時までに発生した部分に限って訴えを提起していることが明らかである場合」(最高裁判決昭和42年7月18日民集21巻6号1559頁)の2つがこれまで認められている。

 (二)しかし、「金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されない」(最高裁判決平成10年6月12日裁時1221号8頁)。


 2 では、残部を、新たな訴え提起ではなく、相殺の抗弁として主張することが許されるか。
 この、1(二)判例の応用場面ともいえるべき論点について判断を示したのが、最高裁判決平成10年6月30日裁時1222号2頁である。


 3 事案の概要

 Yは、Xに対し、不法行為(違法な仮処分)に基づく損害賠償請求として、2億5260万円の内金4000万円の支払いを求める別訴を提起した。
 その後、Xが、Yに対し、1296万円余の立替金請求訴訟(本件訴訟)を提起した。これに対し、Yは、別訴損害賠償請求権のうち4000万円を超える部分を自働債権とする相殺の抗弁を提出した。  原審は、最高裁平成3年12月17日の趣旨に照らし、Yの抗弁の主張は許されない(つまり、抗弁に理由がない)と判断した。


 4 前提となる判例の整理

 (一)現に訴えを提起して請求中の請求権を、別件訴訟において抗弁として主張するのは許されない。
 これは、以下に述べる2つの判例によって確立されている。

 (二)最高裁判決昭和63年3月15日民集42巻3号170頁

  (1)Yは、Xに不当に解雇されたとして、昭和50年、地位保全と賃金仮払の仮処分を申し立て、一審(昭和54年2月28日)ではこれを認容する判決(旧法なので、「仮処分判決」というものが存在した)がなされ、Yは、賃金仮処分の執行により仮払金をXから受領した。また、Yは、昭和54年中に解雇無効確認・未払賃金支払を求める本案訴訟を提起した。ところが、右仮払判決の控訴審判決(昭和55年3月31日)において、賃金仮払については、保全の必要性がない(他で就労し生活費を得ている)として、申立てを却下した(確定)。
 このように、賃金仮払仮処分申立却下が確定し、未払賃金請求等の本案訴訟(別件訴訟)が継続している状態で、XがYに対して、賃金仮払仮処分の取消しに伴う仮払金返還請求訴訟(本件訴訟)が提起された。
 本件訴訟において、Yは、別件訴訟で請求中の未払賃金請求権を自働債権とする相殺の抗弁を提出した。
 これに対し、原審は、Yの抗弁は民訴法231条(現142条)の類推適用により許されない、として、Xの請求を認容した。

  (2)最高裁は、次のように判示して、Yの上告を棄却した。
 「別訴で現に訴求中の本件自働債権をもつてする上告人らの相殺の抗弁の提出を許容すべきものとすれば、右債権の存否につき審理が重複して訴訟上の不経済が生じ、本件受働債権の右性質をも没却することは避け難いばかりでなく、確定判決により本件自働債権の存否が判断されると、相殺をもつて対抗した額の不存在につき同法一九九条二項による既判力を生じ、ひいては本件本案訴訟における別の裁判所の判断と抵触して法的安定性を害する可能性もにわかに否定することはできず、重複起訴の禁止を定めた同法二三一条の法意に反することとなるし、他方、本件自働債権の性質及び右本案訴訟の経緯等に照らし、この債権の行使のため本案訴訟の追行に併せて本件訴訟での抗弁の提出をも許容しなければ上告人らにとつて酷に失するともいえないことなどに鑑みると、上告人らにおいて右相殺の抗弁を提出することは許されないものと解するのが相当である。」

 (三)最高裁判決平成3年12月17日民集45巻9号1435頁

  (1)Yは、Xに対し、昭和54年11月2日、1286万8060円の売買代金支払いを求める訴えを提起し(別訴)、昭和58年4月18日、1284万8060円の限度で請求を認容する判決がなされた。これに対し、Xが控訴し、控訴審に継続した。
 別訴提起後である昭和55年9月22日、XがYに対し、258万1251円の売買代金の支払を求める訴えを提起し(本件訴訟)、昭和58年2月25日、207万4476円の限度で請求を認容する判決がなされた。これに対し、Yが控訴し、控訴審に継続した。
 控訴審では、本件訴訟と別訴が併合審理されていたところ、昭和60年3月11日、Yは、本件訴訟において、別件訴訟で認容された売買代金債権を自働債権とする相殺の抗弁を提出した。その後、昭和61年2月17日、弁論が分離された。
 原審は、民訴法231条(現142条)類推適用により、相殺の抗弁は理由がないと判断した。

  (2)最高裁は、次のように述べて、Yの上告を棄却した。
 「係属中の別訴において訴訟物となつている債権を自働債権として他の訴訟において相殺の抗弁を主張することは許されないと解するのが相当である(最高裁昭和五八年(オ)第一四〇六号同六三年三月一五日第三小法廷判決・民集四二巻三号一七〇頁参照)。すなわち、民訴法二三一条が重複起訴を禁止する理由は、審理の重複による無駄を避けるためと複数の判決において互いに矛盾した既判力ある判断がされるのを防止するためであるが、相殺の抗弁が提出された自働債権の存在又は不存在の判断が相殺をもつて対抗した額について既判力を有するとされていること(同法一九九条二項)、相殺の抗弁の場合にも自働債権の存否について矛盾する判決が生じ法的安定性を害しないようにする必要があるけれども理論上も実際上もこれを防止することが困難であること、等の点を考えると、同法二三一条の趣旨は、同一債権について重複して訴えが係属した場合のみならず、既に係属中の別訴において訴訟物となつている債権を他の訴訟において自働債権として相殺の抗弁を提出する場合にも同様に妥当するものであり、このことは右抗弁が控訴審の段階で初めて主張され、両事件が併合審理された場合についても同様である。」

 (四) 昭和63年判決も、平成3年判決も、抗弁後行型(現に継続中の訴訟の訴訟物たる債権を自働債権として別訴で相殺の抗弁を主張するケース)について、民訴法231条(現142条)を類推適用して、不適法であるとした。理由は原文に書いてあるとおりである。なお、昭和63年判決は、特殊な事案に関する判断であるとの解釈も強く(判文でも「本件自働債権の性質及び右本案訴訟の経緯等に照らし」と限定的な書き方をしている。)、一般には平成3年判決が先例となると考えられているようである。
 抗弁先行型(相殺の抗弁で自働債権とした債権の支払を、別訴又は反訴で請求するケース)については、最高裁の判例はない。下級審判決(別訴について、東京地裁昭和32年7月25日下民集8巻7号1337頁、東京高裁判決昭和59年11月29日判時1140号90頁(ただし、抗弁を撤回済みの事例)。反訴について、大阪地裁判決昭和28年9月5日下民集4巻9号1241頁、東京地裁判決昭和33年4月2日下民集9巻4号592頁、東京高裁判決昭和42年3月1日判時472号30頁、大津地裁判決昭和49年5月8日判時768号87頁)は全て適法としているようである。

 (五)ところで、平成3年判例解説518頁に気になる指摘がある。
 「Yが別訴において、Xの同意を得て、その請求債権額の一部、つまり本訴におけるXの請求債権額と同額の請求を一部減縮し、しかるのち本訴において、右減縮した債権を持って相殺の抗弁を提出した場合、右抗弁の提出が許されるか否か、の問題がある。これを否定した裁判例もあるが(注・東京高判平成4年5月27日判例時報1424号56頁)、抗弁提出の時点においては、その自働債権は別訴の訴訟物となっていないのであるから、判断抵触のおそれはなく、右相殺の抗弁を許容する余地もあり、今後検討すべき問題といえる。」



 4 本判決の示した判断

 (一)詳しくは原文に直接当たってもらいたい。
 ここでは、簡単に、本判決の論理の筋道を追ってみたいと思う。

  (1)本判決は、まず、平成3年判決を引用して、抗弁後行型の相殺の抗弁は不適法である。
 他方で、前回詳論した昭和37年判決を引用して、一部請求においては、残部は訴訟物とならず、一部請求についての既判力は残部には及ばない。
 つまり、形式的に考えると、訴訟物が異なる以上、相殺の抗弁の提出を禁止する理由はない。

  (2)次に、「もっとも」として、被告の応訴の煩や訴訟経済などに照らし、実質的な判断を示している。
 「こと相殺の抗弁に関しては」、「債権の発生事由、一部請求がされるに至った経緯、その後の審理経過等にかんがみ、債権の分割行使による相殺の主張が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情の存する場合を除いて、正当な防御権の行使として許容されるものと解すべきである」。なぜなら、「訴えの提起と異なり、相手方の提訴を契機として防御の手段として提出されるものであり、相手方の訴求する債権と簡易迅速かつ確実な決済を図るという機能を有する」からである。

 (二)昭和37年判決を前提とする限り(そして、本判決はそのことを明示している)、本件は平成3年判決とは事案を異にしていることが明らかである。だから、本来なら(一)(1)の形式論で十分だったはずである。
 そこを敢えて実質論に踏み込んで判断を示したのは、やはり、本判決の直前に出された最高裁判決平成10年6月12日裁時1221号8頁)を意識したからではないだろうか。
 つまり、6月12日判決を前提として、訴え提起と相殺の抗弁の同質性を強調すると、被告に二重の応訴の負担を強いるものだから、「特段の事情がない限り、信義則に反して許されない」とする判断もあり得るところであろう。6月12日判決と本判決の違いは、「別訴が確定し、それによって紛争が全て解決されたと相手方が合理的に期待していることを裏切る」という事情の有無だろう。本判決が「訴えの提起と異なり」と理由を書いている趣旨は、このことを示しているのではなかろうか?

 (三) 本判決には園部逸夫の補足意見が付されており、実務上参考となると思われるので、簡単に紹介したい。

  (1)園部は、第一に、次のように書く。
 本件においては、4000万円の支払を求める別訴が、本判決と同日に上告棄却によって確定している。そうすると、6月12日判決の法理にしたがって、残額について訴えを提起することは、特段の事情がない本件では、信義則に反し許されず、相殺の主張も当然に不適法である。したがって、「差戻審において右相殺の抗弁の成否について審理判断をする余地はない。」

 多数意見が「本件については、右相殺の抗弁の成否について更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すこととする。」と書いているのに、何かそぐわない感がある(差戻審で審理判断する余地がないなら、原裁判を破棄して控訴を棄却すればよいのではないか?)。
 6月12日判決は、残部についての訴えの提起が信義則に反する、と判断しただけであり、残部を相殺の抗弁として主張できるかどうかについては判断を示していない。確かに、6月12日判決の趣旨からすれば、訴え提起も相殺の抗弁も同様に見ることは可能であるが、本判決のように訴え提起と相殺の抗弁との相違を強調するなら、別に解することも可能なはずである。
 この部分は、園部の勇み足だと私は思う。

  (2)次に、「裁判所としては、可及的に両事件を併合審理するか、少なくとも同一の裁判体で並行審理することが強く望まれる。このことによって、審理の重複と事実上の判断の抵触を避けることができるとともに、当事者、裁判所の負担の軽減にもつながることになるからである。」とする。

 この指摘は、もっともなものだろう。







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