一部請求(1)





一 はじめに

 一部請求の訴訟物をどのように考えるか、は周知のとおり非常に議論が盛んなところで、また、これに相殺の抗弁が絡んでくると、議論が難しくなってくる。
 この問題について、この6月、最高裁は、最高裁判決平成10年6月12日裁時1221号8頁及び最高裁判決平成10年6月30日裁時1222号2頁の2つの新しい判断を立て続けに示している。
 そこで、この機会に、一部請求に関する議論を、最高裁判決を軸にして整理してみたい。


二 一部請求の訴訟物

 1 一部請求については、いわゆる一部請求肯定説一部請求否定説とが対立している。
 実は、このネーミングは正確ではない。1億円の債権を有している原告が、そのうち1000万円のみの支払いを求める訴訟を提起するということ自体は、処分権主義の建前上、当然に適法である。これを違法としたり、否定したりという見解は存在しないだろう。
 ここでいう一部請求「肯定」説と「否定」説とは、一部請求の訴訟物が当該請求額(1000万円)に限られるのか、そうではなくて当該債権全額(1億円)なのか、ということである。
 具体的には、肯定説によると、残部の9000万円については訴訟物とはなっていないから、改めて別訴を提起しても何ら問題はないし、1000万円の支払いを求める訴えの提起による時効中断の効力も及ばなくなる。他方、否定説によると、残部の9000万円も訴訟物になっているから、この支払いを求める別訴を提起すると二重起訴(142条)又は既判力(114条1項)により不適法となるし、1000万円の支払いを求める訴えの提起により9000万円についても消滅時効が中断することになる。
 したがって、問題は、一部請求が残部に及ぼす影響の有無、というところにあり、一部請求自体を「肯定」するのか「否定」するのか、というところにはない。そういう意味で不正確なネーミングであるが、慣用されている用語であるし、他に適切な用語も見つからないので、ここでは慣用に従っておく。


 2 一部請求訴訟が確定した後、残部について後訴が提起された場合

 (一)最高裁判決昭和32年6月7日民集11巻6号948頁

  (1)事案は、次のようなものである。
 前訴で、Aは、Y・C2名に対し、ダイヤモンド入帯留1個を45万円で売ったとして、その代金の支払いを求め(事案は相当単純化した。詳しくは原文に当たってもらいたい)、「被告らは、原告に対し、45万円を支払え」との判決が確定した。本来はY・Cは商人であるため、当然に連帯債務となるのであるが(商法511条1項)、それを主張していなかったため、主文に「連帯して」と記載されなかった。そのため、45万円の債務は当然に分割債務となり(民法427条)、Yは、Aに22万5000円を支払った。
 その後、Cが支払いをしないため、Aが、Y・Cを相手に、残額22万5000円を連帯して支払うよう求める訴えを提起した。
 原審は、Y・Cは45万円の連帯債務を負っているところ、前訴ではその一部(各自について22万5000円)について判決がなされたに過ぎない、として、残額について認容する趣旨で「被告らは、原告に対し、45万円を支払え」と判決した(原文にこの間の事情が記載されているが、本来「被告らは、原告に対し、連帯して22万5000円を支払え」と判決すべきところ、原審に何らかの誤解があったようである。)。

  (2)最高裁は、次のように判示して、原裁判を破棄し、自判した。
 「思うに、本来可分給付の性質を有する金銭債務の債務者が数人ある場合、その債務が分割債務かまたは連帯債務かは、もとより二者択一の関係にあるが、債権者が数人の債務者に対して金銭債務の履行を訴求する場合、連帯債務たる事実関係を何ら主張しないときは、これを分割債務の主張と解すべきである。そして、債権者が分割債務を主張して一旦確定判決をえたときは、更に別訴をもつて同一債権関係につきこれを連帯債務である旨主張することは、前訴判決の既判力に抵触し、許されないところとしなければならない。
 これを本件についてみるに、被上告人等先代は、前訴において、上告人等に対し四五万円の債権を有する旨を主張しその履行を求めたが、その連帯債務なることについては何ら主張しなかつたので、裁判所はこれを分割債務の主張と解し、この請求どおり、上告人において四五万円(すなわち各自二二万五千円)の支払をなすべき旨の判決をし、右判決は確定するに至つたこと、上告人の前記(一)の主張自体および一件記録に徴し明瞭である。しかるに被上告人等先代は、本訴において、右四五万円の債権は連帯債務であつて前訴はその一部請求に外ならないから、残余の請求として、上告人等に対し連帯して二二万五千円の支払を求めるというのである。そして上告人等が四五万円の連帯債務を負担した事実は原判決の確定するところであるから、前訴判決が確定した各自二二万五千円の債務は、その金額のみに着目すれば、あたかも四五万円の債務の一部にすぎないかの観もないではない。しかしながら、被上告人等先代は、前訴において、分割債務たる四五万円の債権を主張し、上告人等に対し各自二二万五千円の支払を求めたのであつて、連帯債務たる四五万円の債権を主張してその内の二二万五千円の部分(連帯債務)につき履行を求めたものでないことは疑がないから、前訴請求をもつて本訴の訴訟物たる四五万円の連帯債務の一部請求と解することはできない。のみならず、記録中の乙三号証(請求の趣旨拡張の申立と題する書面)によれば、被上告人等先代は、前訴において、上告人等に対する前記四五万円の請求を訴訟物の全部として訴求したものであることをうかがうに難くないから、その請求の全部につき勝訴の確定判決をえた後において、今さら右請求が訴訟物の一部の請求にすぎなかつた旨を主張することは、とうてい許されないものと解すべきである。
 されば、本訴請求が前訴の確定判決の既判力に抵触して認容するに由なきものであること冒頭説示に照らし明らかであるから、これを認容した原判決は違法であつて、論旨は理由があり、原判決中上告人に関する部分はこれを破棄し、被上告人等の控訴を棄却すべきである。」

  (3)引用部分前段を読むと分かると思うが、本件では、前訴で45万円の代金債権(分割債権)全額が訴訟物となっていると判断されており、いわゆる一部請求そのものとは異なる。
 しかし、判決もいうとおり、Yに対する請求としてみる限りにおいては、45万円の連帯債務の一部を前訴で請求し、後訴で残部を請求している、というケースと極めて近く、「一部請求であることを明示しなければ全部請求であったことになり、後訴での残部請求は許されない」とした判例と理解する(例えば、小林秀之「プロブレム・メソッド 新民事訴訟法」判例タイムズ社93頁)のも、あながち的外れとはいえないだろう。


 (二)最高裁判決昭和37年8月10日民集16巻8号1720頁

  (1)極めて重要な判例であるにもかかわらず、なぜか判例解説に掲載されていない。不思議な話であるが、ここでは判例百選から事案を拾ってみたい。
 事案は、債務不履行(?)による損害賠償請求訴訟において、前訴で、30万円の内10万円を請求し、8万円について認容し、2万円は棄却する判決が確定していた。その後、残額の20万円の支払いを求める訴えを提起したところ、一審は、前訴の既判力が及んでいるとして、訴えを却下した。これに対し、原審は、前訴の既判力は後訴に及ばないとして、一審判決を取り消して差し戻した。

  (2)最高裁は、次のように判示して、上告を棄却した。
 「一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合は、訴訟物となるのは右債権の一部の存否のみであつて、全部の存否ではなく、従つて右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である。」

  (3)前訴で一部請求であることを明示していた場合、前訴の訴訟物は明示された一部(本件では10万円)のみであり、残額(20万円)は訴訟物にはなっていなかったから、既判力は及ばない、という最高裁の考え方は、学説的には争いがあるものの、判例としては確立したものであるということができるだろう。

  (4)なお、本件一審が訴えを「却下」した点について補足しておく。
 前訴の既判力が後訴に及ぶ場合、訴え自体が不適法になるというわけではない。
 この点、裁判所書記官研修所監修「民事訴訟法」(5訂版)司法協会217頁が分かりやすいので、引用しておく。
 「民事判決の対象である私法上の権利又は法律関係は、いったん確定されても、その後の行為によって変更を生ずる可能性があるから、既判力の標準時以後に生じた状態に基づいて、既判力をもって確定した権利又は法律関係を争うことができなければならないはずである。したがって、既に確定した権利又は法律関係について再訴すること自体が不適法となるわけではない。ただ、新しい状態が生じていなければ、請求に関する正当な利益を欠くか、又は請求が理由がないことになるだけである。すなわち、勝訴の確定判決を得た者は、再訴しても同一の結果を得るのであるから、請求について正当な利益がないのであって、訴訟要件を欠く不適法なものとして訴えを却下されるが、時効中断のため他に方法がないとか、判決原本滅失のため執行正本を得られないとかの必要があれば、再訴の必要を認めることができるから、再び勝訴の判決を得ることができる。また、敗訴の確定判決を得た者は、その後に生じた弁済、免除、消滅時効などの変更事由がない限り、請求棄却の判決を受けるだけである。」
 本件では、仮に一部請求否定説にたつと、原告は既に前訴で勝訴判決を受けているから、時効中断等の理由がない限り、本件一審判決のように訴えを却下されることになる。


 (三)最高裁判決昭和42年7月18日民集21巻6号1559頁

  (1)Xが、Yの子と遊んでいるうち、喧嘩して自宅に逃げ帰ろうとした際、Yの所持・保管する硫酸入りの甕に突き当たり、硫酸を浴びて火傷を負った。
 前訴では、合計100万円(治療費20万円、逸失利益30万円、慰藉料30万円)の支払いを求め、慰藉料30万円のみを認容する判決が確定していた。
 後訴では、前訴口頭弁論終結後に後遺症について入院加療したことによる治療費31万7710円の支払いを求めた。

  (2)本件では、まず、前訴の既判力が及ぶのではないか、という点が問題になり、最高裁は次のように判断を示した。
 「一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合には、訴訟物は、右債権の一部の存否のみであつて全部の存否ではなく、従つて、右一部の請求についての確定判決の既判力は残部の請求に及ばないと解するのが相当である(当裁判所昭和三五年(オ)第三五九号、同三七年八月一〇日言渡第二小法廷判決、民集一六巻八号一七二〇頁参照)。ところで、記録によれば、所論の前訴(東京地方裁判所昭和三一年(ワ)第九五〇四号、東京高等裁判所同三三年(ネ)第二五五九号、第二六二三号)における被上告人の請求は、被上告人主張の本件不法行為により惹起された損害のうち、右前訴の最終口頭弁論期日たる同三五年五月二五日までに支出された治療費を損害として主張しその賠償を求めるものであるところ、本件訴訟における被上告人の請求は、前記の口頭弁論期日後にその主張のような経緯で再手術を受けることを余儀なくされるにいたつたと主張し、右治療に要した費用を損害としてその賠償を請求するものであることが明らかである。右の事実によれば、所論の前訴と本件訴訟とはそれぞれ訴訟物を異にするから、前訴の確定判決の既判力は本件訴訟に及ばないというべきであり、原判決に所論の違法は存しない。」

  (3)苦しい説示の仕方になっているが、本件も「明示的」一部請求であるとの最高裁の解釈を前提とする限りは、37年判決と全く同じ枠組みで考えることになろう。この場合は、37年判決にいう「一個の債権の数量的な一部」ではなく、時間的に限定した一部ということになろうか?
 ここまで3つの判例を見てきたが、最高裁が判示しているのは、明示的一部請求なら残部については既判力は及ばない、としているだけである。32年判決は、前述のとおり、(黙示的)一部請求の事案としては扱われていないのである。
 通説的には、32年判決の結論及び37・42年判決が特に「一個の債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合」と限定した書き方をしている趣旨に鑑みて、一部請求であるとの明示がない限りは、前訴の既判力は残部に及ぶ、というふうに理解されているようである(裁判所書記官研修所監修「民事訴訟法」(5訂版)221頁など)。おそらくそのとおりなのであろうが、32年判決の事案及び処理を見てみると、むしろ、前訴が一部請求であると解釈できるような事情がない限り、前訴は全部請求であり債権残額について既判力が生じている、と理解するのが素直であると考える。


 3 一部請求と残部に対する時効中断効

 (一)大審院判決昭和4年3月19日民集8巻199頁

 事案は、不法行為による損害賠償請求訴訟において、当初損害金の一部のみを請求していたところ、後日請求の拡張を申し立てた、というものである。原審は、拡張部分について消滅時効の完成を認めた。
 大審院は、「請求に因る時効の中断は、裁判上の請求たると裁判外の請求たるとを問はず、其の請求ありたる範囲に於てのみ時効の中断を来すものなるを以て、一部の請求は残部の請求に対する時効中断の効力を生ずることなし」として、原審の判断を支持した。


 (二)最高裁判決昭和34年2月20日民集13巻2号209頁

  (1)(一)判決と同様の事案であるが、本件では原審が時効完成を認めて請求を棄却していたため、破棄差戻しとなった。

  (2)判決は、次のようなものである。
 「裁判上の請求による時効の中断が、請求のあつた範囲においてのみその効力を生ずべきことは、裁判外の請求による場合と何等異るところはない。そして、裁判上の請求があつたというためには、単にその権利が訴訟において主張されたというだけでは足りず、いわゆる訴訟物となつたことを要するものであつて、民法一四九条、同一五七条二項、民訴二三五条等の諸規定はすべてこのことを前提としているものと解すべきである。
 ところで、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合、原告が裁判所に対し主文において判断すべきことを求めているのは債権の一部の存否であつて全部の存否でないことが明らかであるから、訴訟物となるのは右債権の一部であつて全部ではない。
 それ故、債権の一部についてのみ判決を求める旨明示した訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ、その後時効完成前残部につき請求を拡張すれば、残部についての時効は、拡張の書面を裁判所に提出したとき中断するものと解すべきである。(民訴二三五条参照)若し、これに反し、かかる場合訴提起と共に債権全部につき時効の中断を生ずるとの見解をとるときは、訴提起当時原告自身裁判上請求しない旨明示している残部についてまで訴提起当時時効が中断したと認めることになるのであつて、このような不合理な結果は到底是認し得ない。
 これを本件について見るに、本訴が本件不法行為により各自の蒙つた損害の全額を明らかにした上そのうち一割に相当する各金額についてのみ権利を行使する旨明示して提起されたものであることは原判示のとおりであるから、右訴の提起による消滅時効中断の効力は右当初訴求の金額の範囲に限つて生ずべく、その後請求の拡張により訴訟物となつた残額には及ばないものと解すべきところ、原判決がこれを右残額に及ぶものと解し、この理由をもつて右残額に関する上告人の時効の抗弁をたやすく排斥し去つたのは、法令の解釈を誤り審理不尽の違法に陥つたものであつて、論旨は理由がある。
 されば、原判決中請求拡張にかかる残額につき被上告人らの請求を認容した部分を破棄し、なお時効完成の有無につき更に審理を遂げさせるためこれを原審に差戻すべきものとする。」

  (3)本判決は、「債権の一部についてのみ判決を求める旨明示した訴の提起があつた場合、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じ」るというものである。「債権の一部についてのみ判決を求める旨明示した訴の提起があつた場合」という限定はあるものの、明示しなかった場合にどうなるかは本判決の示すところではなく、その意味で、大審院昭和4年判決と同じといってよい。
 本判決が注目されるのは、その理由付けとして、「一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合、原告が裁判所に対し主文において判断すべきことを求めているのは債権の一部の存否であつて全部の存否でないことが明らかであるから、訴訟物となるのは右債権の一部であつて全部ではない」と書いたところである。これは、単なる理由に過ぎないから、判例としての先例拘束性はない。これが明らかにされるのは、前述の37年判決である。


 (三)最高裁判決昭和42年7月18日民集21巻6号1559頁

  (1)2(三)で取り上げたのと同一の判決である。
 こちらは、事故後3年以上経過しての訴え提起であるため、消滅時効の成否も問題となっていたので、その部分を取り上げてみる。

  (2)最高裁は次のように説示する。
 「被害者が不法行為に基づく損害の発生を知つた以上、その損害と牽連一体をなす損害であつて当時においてその発生を予見することが可能であつたものについては、すべて被害者においてその認識があつたものとして、民法七二四条所定の時効は前記損害の発生を知つた時から進行を始めるものと解すべきではあるが、本件の場合のように、受傷時から相当期間経過後に原判示の経緯で前記の後遺症が現われ、そのため受傷時においては医学的にも通常予想しえなかつたような治療方法が必要とされ、右治療のため費用を支出することを余儀なくされるにいたつた等、原審認定の事実関係のもとにおいては、後日その治療を受けるようになるまでは、右治療に要した費用すなわち損害については、同条所定の時効は進行しないものと解するのが相当である。けだし、このように解しなければ、被害者としては、たとい不法行為による受傷の事実を知つたとしても、当時においては未だ必要性の判明しない治療のための費用について、これを損害としてその賠償を請求するに由なく、ために損害賠償請求権の行使が事実上不可能なうちにその消滅時効が開始することとなつて、時効の起算点に関する特則である民法七二四条を設けた趣旨に反する結果を招来するにいたるからである。」

  (3)訴訟物が別である→時効中断が生じていない、という(一)(二)の判決と異なり、そもそも「時効は進行しない」という処理をしたものである。
 理論的には難しいところであるが、後に判明した後遺障害に関する限り、これも確立した判例となっていることを付言しておきたい。


 4 最高裁判決平成10年6月12日裁時1221号8頁

 (一)以上見てきたとおり、最高裁の立場は一貫している。つまり、明示的一部請求の場合、既判力は残部には及ばない結果、残部について後訴を提起しても既判力により遮断されることはないし、消滅時効も別々に進行する、というものである。したがって、判例の立場を前提とする限り、一部請求否定説は成立し得ない。
 ところで、一部請求肯定説(判例の立場)を前提としても、後訴の訴え提起が当然に許されるものかどうかは、実のところ争いがあり、後訴が許されなくなる場合もあると主張する見解もあった。一つは争点効に基づく主張であり、一つは信義則に基づく主張である。

 一部請求というのは、残部の時効消滅に注意している限りは、原告(債権者)に有利な方法である。印紙が少なくて済むし(訴状に貼付する印紙は、訴額=請求金額に応じて高くなる)、また、一部請求によって相手の出方を窺うとか、一部だけでも請求認容判決を得ることにより残部の交渉を有利にするとかいう使い方(モデル訴訟)が考えられるからである。
 他方、被告(債務者)にとっては一般に不利である。前訴で攻撃防御を尽くして勝訴しても、残額について再訴を受ける危険があるからである。裁判所にとっても、一部請求とはいえ債権全体について存否を判断して判決したのに、再び同じ問題について一から審理し直さなければならなくなる。
 一部請求でも残部も訴訟物となっている、という一部請求否定説が生まれたのは、このような問題(被告の応訴の煩と訴訟経済)を踏まえてのものであるが、これは上述のとおり、判例により否定されている。

 さて、争点効については、既に判例は明確に否定している(最高裁判決昭和44年6月24日判時569号48頁、最高裁判決昭和48年10月4日判時724号33頁、最高裁判決昭和56年7月3日判時1014号69頁)ので、問題にならない。
 これに対して、信義則については、他の問題についてであるが判例も信義則により判決理由中の判断に事実上拘束力を認めるような処理をしていたこともあり、最高裁の取扱いが注目されていた。


 (二)最高裁判決平成10年6月12日裁時1221号8頁

  (1)詳しい事案は、上をクリックして直接原文に当たってもらいたい。
 単純化すると、前訴において、総額12億円の報酬請求権があるとして、その一部である1億円の支払いを求める訴えが棄却され、確定した後、残額のうち3億円の支払いを求める訴えを提起した、というものである。
 一審は、原告の訴えを却下した。
 これに対し、原審は、「本訴が前訴の蒸し返しであり、被上告人による本訴の提起が信義則に反するとの特段の事情を認めるに足りる的確な証拠はない」などの理由で、一審判決を取り消して、差し戻す旨の判決をした。

  (2)最高裁は、次のように判示して、原裁判を取り消し、自判(控訴棄却)をした。
 「一個の金銭債権の数量的一部請求は、当該債権が存在しその額は一定額を下回らないことを主張して右額の限度でこれを請求するものであり、債権の特定の一部を請求するものではないから、このような請求の当否を判断するためには、おのずから債権の全部について審理判断することが必要になる。すなわち、裁判所は、当該債権の全部について当事者の主張する発生、消滅の原因事実の存否を判断し、債権の一部の消滅が認められるときは債権の総額からこれを控除して口頭弁論終結時における債権の現存額を確定し(最高裁平成二年(オ)第一一四六号同六年一一月二二日第三小法廷判決・民集四八巻七号一三五五頁参照)、現存額が一部請求の額以上であるときは右請求を認容し、現存額が請求額に満たないときは現存額の限度でこれを認容し、債権が全く現存しないときは右請求を棄却するのであって、当事者双方の主張立証の範囲、程度も、通常は債権の全部が請求されている場合と変わるところはない。数量的一部請求を全部又は一部棄却する旨の判決は、このように債権の全部について行われた審理の結果に基づいて、当該債権が全く現存しないか又は一部として請求された額に満たない額しか現存しないとの判断を示すものであって、言い換えれば、後に残部として請求し得る部分が存在しないとの判断を示すものにほかならない。したがって、右判決が確定した後に原告が残部請求の訴えを提起することは、実質的には前訴で認められなかった請求及び主張を蒸し返すものであり、前訴の確定判決によって当該債権の全部について紛争が解決されたとの被告の合理的期待に反し、被告に二重の応訴の負担を強いるものというべきである。以上の点に照らすと、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り、信義則に反して許されないと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、被上告人の主位的請求及び予備的請求の一は、前訴で数量的一部を請求して棄却判決を受けた各報酬請求権につき、その残部を請求するものであり、特段の事情の認められない本件においては、右各請求に係る訴えの提起は、訴訟上の信義則に反して許されず、したがって、右各訴えを不適法として却下すべきである。

  (3)そのいうところは、従来の信義則説(例えば、「条解民事訴訟法」613頁以下)と同じであるが、実務的には非常な衝撃を与えた判決ではなかろうか。
 私は、従来、残部請求が例外的に「信義則違反」として排斥される可能性についてはあり得ると考えていた。しかし、本判決は、むしろ残部請求が「信義則違反」であることが原則であり、残部請求をする原告が「特段の事情」の主張立証をしなければならない、というのである。
 その「特段の事情」については、最高裁は例示していないが、参考までに「条解民事訴訟法」615頁を引用すると、「事件の具体的事情により、原告が前訴で全部請求をしなかったことに、特別の正当の事由があれば(たとえば、前訴で損害の立証の容易な一部についてのみ早急に勝訴判決を得る特別の必要があったとか、本人訴訟で請求の拡張をする時期を失したなど)、原告がその証明をすることを前提として、残額請求を認めるべきである」としている。

  (4)なお、念のために、37年判決との整合性について論ずる。
 37年判決は、残部には前訴の既判力が及ばないことを明らかにした。本判決は、この37年判決を変更するものではない。そのことは、本判決が既判力によって事案を処理せず、信義則を持ち出してきたことからも明らかであるし、本判決後の最高裁判決平成10年6月30日裁時1222号2頁が37年判決を引用していることからも明らかである。
 37年判決では、訴えを却下した第一審判決(本判決と結論的には同じ処理をしている)を破棄・差戻した原裁判を支持していたことに照らすと、本判決は異なる事件処理をしているので、矛盾抵触がないか、一応問題となりうる。しかし、信義則違反については、その基礎となる事実の主張があれば、明示的な主張がなくても裁判所が認定してよいとされているが、現実にそのような主張があるか、ないかではやはり大きく異なる。37年判決では、特段信義則違反の主張が被告からなされていたわけではないようであるのに対し、本判決では、被告側から信義則違反の主張が明確になされていた(したがって、信義則違反の成否が争点となっていた)ようである。その意味で、自ずから異なった処理がされたと見るのが妥当であろう。

  (5)更に、念のため。
 37年判決の一審は、おそらく、原告が前訴で勝訴判決を得ているので、訴えの利益がないとして訴えを却下したものと思われる。前訴の既判力の効力の現れ、と評価できよう。
 これに対して、本件は、訴えの提起自体が信義則に反して不適法である、として、既判力の効力とは無関係に訴えを却下している。何ともドラスチックな処理の仕方のように私には見えるのだが・・・。





※一部請求と相殺については、別稿で論ずる予定です。







民事手続法に関する研究

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