捜索差押・逮捕・勾留等、裁判官の令状発付を要する強制捜査というのは多く、この令状に基づいて行われる捜索差押等が一般に人権(人格的利益)を侵害する性質のものであることは明らかである。
こうした捜索差押等の令状発付行為は、もとより法の定める要件を満たしているものでなければならないから、準抗告により違法とされることはあるし、判決において違法であったと指摘されることはあろう。
このような訴訟法上違法とされ得る令状発付行為について、国家賠償訴訟が提起された場合、どのようにその違法性を判断すべきであろうか。
この点については、最高裁判決昭和53年10月20日民集32巻7号1367頁が明確にしている。この判決は、刑事事件(芦別事件。三鷹事件等と並ぶ戦後4大鉄道公安事件の一つである。)について無罪判決が確定した場合に、捜査(逮捕・勾留)並びに公訴の提起・追行が違法となるかという問題についてのものである。
最高裁は、「刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに起訴前の逮捕・勾留、公訴の提起・追行、起訴後の勾留が違法となるということはない。けだし、逮捕、勾留はその時点において犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められるかぎりは適法であり、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時あるいは公訴追行時における検察官の心証は、その性質上、判決時における裁判官の心証と異なり、起訴時あるいは公訴追行時における各種の証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解するのが相当であるからである。」とした。「無罪判決が確定すれば、特段の事情がない限り捜査・訴追は国家賠償法上違法と評価すべきである。」との上告理由を排斥したものである。
上告理由にいうように、結果的に間違っていると刑事訴訟手続において判断された捜査・訴追は当然に国家賠償法上違法であると評価すること(結果違法説)も考えられないことではない。しかし、「公権力の行使は、本来的に国・公共団体の統治権に基づく優越的、高権的な意思作用であり、それを行使すれば、ほとんど常に権利侵害を伴うものであることが、公権力の行使それ自体によって予定され、許容されている(遠藤・上162頁)。それゆえ、国家賠償責任を論ずるにあたっては、権利侵害をもって違法評価の契機ないし基準とすることはできず、当該公権力公使の根拠規範(行為規範)の目的・内容に照らし、当該権利侵害が法の予定している行為の種類、態様を逸脱しているか否かが違法判断の基準とされるべきなのである。」(裁判実務体系18・寳金敏明「逮捕・勾留・起訴・有罪判決」340頁)。よって、公務員が当該行為時においてその職務に違反していると認められる場合に限って違法と評価されるべきである(職務行為基準説)。この点は今日でも異論がないわけではないが、当然の前提と考えてよいだろう。
1 職務行為説に立った場合、設例の令状発付行為が国家賠償法上違法であるか否かは、令状発付時の状況をもとにして裁判官に職務行為基準違反ないし行為規範違反があるか否かを判断することになる。
では、どのような場合に令状発付行為が違法とされるのであろうか。
2 普通に考える限り、令状はその要件(嫌疑・必要性)を満たしていないと発付できないのであるから、結局、令状発付時の資料を基に令状発付の要件が当時存在していたかどうか、によって判断されることになろう。そして、古くは、裁判官の令状発付行為についても、公務員一般の行為と同様、判断内容に立ち入って判断されていた(無制約説)。
3 この状況に一石を投じたのが、昭和38年の西村宏一判事の「裁判官の職務活動と国家賠償」(判タ150号84頁)である。
西村判事は、ドイツ民法839条2項(裁判における職務義務違反については、その義務違反が刑事制裁を受けるものである場合にのみ、損害賠償を負う)等を参考に、「裁判官の裁判であるがゆえに、国家賠償の対象から完全に排斥されるとすることはできないが、違法性の要件に関して検討の余地があるのではなかろうか。前示裁判例においても、事実認定における自由心証主義、法令の解釈における裁判官の独立性が、裁判の違法性若しくは裁判官の過失の認定に対する制約として作用することが示されている。私は更に一歩を進めて、論理法則若しくは経験則違背ということも、少なくとも不服申立てを許される裁判については、一般に国家賠償法でいう違法性を生ぜしめるものではないと解したい。」としたのである。
4 これを受けてか、最高裁判決昭和57年3月12日民集36巻3号329頁は、民事訴訟において商事留置権(牽連性は要件とならない)の抗弁として判断すべきところ、民事留置権として「牽連性がない」と判断し、そのまま判決が確定した件について、「裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによつて当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があつたものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である。」とした。
また、最高裁判決平成2年7月20日民集44巻5号938頁は、刑事事件(弘前大学教授夫人殺し事件)で再審無罪が確定した場合において、57年判決を引用して、「この理は、刑事事件において、上告審で確定した有罪判決が再審で取り消され、無罪判決が確定した場合においても異ならないと解するのが相当である。」とした。
このように、少なくとも争訟の裁判(権利又は法律関係の存否について、関係当事者間に争いがある場合に、当事者の一方の申立てに基づいて、裁判所又は裁判官が双方当事者を手続に関与させた上で、公権力をもってその争いを裁断する作用ないし手続)については、特段の事情がない限り国家賠償法上違法ではない(違法限定説)というのが、最高裁における確立した判例となっている。
5 では、少なくとも争訟の裁判について、なぜ公務員一般とは異なり違法性限定説が妥当するのか。それは、裁判制度そのものに起因するものといっていいだろう。
つまり、裁判官は司法権の独立(及び自由心証主義)のもと、各裁判官は独立して法令を解釈し、事実を認定して裁判をするわけである。そして、法令解釈・事実認定はいずれも相対的なものであり、絶対的にこれが正しくこれが間違っているというものはない。そうすると、裁判官ごとに判断が異なることは当然あり得ることであり、わが国の裁判制度は当然右を許容しているものというべきである。もとより判断内容には当否が分かれようが、不当な判断内容については法は不服申立手続を設けており、その是正手段は整備されているのであるから、判断内容の当不当はその不服申立手続の中で是正されるべきものであって(上級裁判所によって裁判が取り消されることはあるが、その場合でも下級裁判所の裁判が間違っており、上級裁判所の裁判が正しいということではない。裁判制度において上級裁判所の判断が下級裁判所の判断に優先されている結果に過ぎない。)、これによらずに国家賠償訴訟において争う余地を認める理由も必要もないのである。
6 今のところ、裁判官の職権行使が国家賠償法上違法とされる基準について示した最高裁判例は、争訟の裁判に関するものしかない。だから、争訟の裁判に該当しない令状発付行為については別に解釈する余地がないではない。現に、大阪地裁判決昭和61年5月26日判時1224号60頁(御名御璽事件一審判決)は、違法限定説は争訟の裁判にのみ妥当するとして、捜索差押許可状の発付について裁判官は令状発付の要件を欠くのを看過していたと認定し、国の責任を肯定している(ただし、右61年大阪地判は後記62年大阪高判で破棄されている。)。
しかし、57年最高裁判決の後に出された下級審判例のほとんどは、令状発付についても違法限定説が妥当するとして、判断内容の不当を主張する原告の請求をいずれも棄却している(捜索差押許可状についての、千葉地裁判決平成6年3月30日判時1529号111頁、大阪地裁判決平成3年9月27日訟月38巻4号671頁、大阪地裁判決平成3年3月22日判例地方自治87号92頁、東京高裁判決平成元年9月4日判タ710号147頁(昭和63年東京地判の控訴審判決)、東京地裁判決昭和63年4月25日判時1276号60頁、大阪高裁判決昭和62年2月24日判時1227号51頁(御名御璽事件控訴審判決))。
先に書いた違法限定説の根拠は、令状発付も含む裁判一般について妥当するので、正当であろう(この見解を明示するものとして、裁判実務体系18・寳金敏明「逮捕・勾留・起訴・有罪判決」340頁以下、平成5年判例解説・井上繁規・123頁以下、判例評論365号218頁・宇賀克也等)。
7 なお、大阪高裁判決平成6年10月28日判時1513号71頁は、裁判一般について違法限定説をとりながら、「裁判官がその付与された権限の趣旨に背いてこれを行使したものと認めうる場合」には裁判官に与えられた事実認定、法律の解釈適用についての裁量を著しく逸脱した場合も含むとする。そして、「どの程度の裁量の逸脱があつた場合に国家賠償法上違法と評価されるかについては、その裁判の種類毎に、その性質、当事者に対する告知、聴聞の機会の保障の有無、不服申立の方法の有無、侵害された権利の性質、救済の必要性等諸般の事情を総合して慎重に検討して決せられるべきもの」であるとして、「逮捕状発付の裁判に対する国家賠償請求訴訟においては、右裁判には、上訴制度や再審制度など事実認定や法律の解釈適用の誤りが是正される場がないこと、逮捕状発付の裁判を不可争のものとして確定させるべき実質的な理由が乏しいこと、刑事訴訟法上の要件を満たさない逮捕によつて身体の自由を侵害された者の救済を図る必要性が高いこと等の諸事情に鑑み・・・通常の裁判官が当時の資料、状況の下で合理的に判断すれば、到底逮捕状を発付しなかつたであろうと思われるのに、これを発付したような場合」には違法となる。本件では、逮捕の要件がないことが明らかであり、そのことを裁判官は知っていたのであるから、違法である、とした。
これは、逮捕状発付について、形式的には最高裁の示す違法限定説に従いながらも、「特別の事情」の解釈を介して結論的には無制約説に至るものである。判示を見ても苦労の跡が窺われるが、どうであろうか。
8 違法限定説が令状発付行為にも妥当するとした場合、そこで示された「特別の事情」については、どのようなものがあるだろうか。
昭和57年判例解説・塩月秀平(200頁以下)は「具体的には、法律上関与してはならないとされている事件について裁判したとき、裁判官による誠実な判断とは認められないような不合理な裁判をしたときなど」とし、平成2年判例解説・井上繁規(289頁以下)は「具体的には、裁判官が職権を濫用し専ら個人的利益を図る意図の下に裁判をしたなど、裁判官による誠実な判断とは認められないような不合理な裁判をしたときなど」とする。
いずれにせよ、違法限定説の主要な根拠は、判断内容の当否は専ら不服申立手続の中で判断されるべきであり、不服申立手続を離れて国家賠償請求事件において判断すべき事柄ではないというところにある以上、判断内容に基づく主張は全て「特別の事情」には当たらないというべきだろう。そうすると、「令状発付の要件がないのに漫然と令状を発付した」との主張だけでは主張自体失当ということになると思われる。